『007 慰めの報酬』を観た。

『007』シリーズは、そしてこれは『バットマン』シリーズにも言えるが、ある時期から加速度的にエンターテイメント化が進み、空虚な派手さを身にまとうようになっていって、リアルさ、切実さ、内面・深さが切り捨てられていく傾向にあった。

そこでどちらも00年代半ばに、虚飾の肥大化から抜けだすべく、新機軸を打ち出した。

バットマン』は人間の倫理・心理に深く切り込む描写が持ち味のクリストファー・ノーランの手に委ねられ、『007』はボンド役をそれまでのピアース・ブロスナンから、演技派として評価の高いダニエル・クレイグに変え、さらにお約束となっていた奇抜なハイテク兵器・コミカルな会話もほぼ全面的に姿を消した。

しかし、個人的な感想を言わせてもらえば、そうして心機一転で作られた『バットマン・ビギンズ』、そして『007 カジノ・ロワイヤル』はどちらもイマイチだった。

『ビギンズ』は、(これは俺が日本人だからかもしれないが)あのうさんくさいオリエンタリズムが鼻についたし、敵役も魅力的ではなく、どことなくノーランがおそるおそる手探りで『バットマン』という世界観に触れている感じがして、思い切りの悪い感じがした。

そして『カジノ・ロワイヤル』はポーカーのシーンが、非常にたるい。

あと途中から二転三転する展開が「タイトでシリアスにいこう」という狙いがいきすぎてる感じ。

とまぁ、どちらも、一作目はなんとなくぶれているというか足元ふらついてる感じがいなめなかったわけだが、ご存知の通り、新生『バットマン』の二作目である『ダークナイト』はあの通りの傑作に仕上がった。

では、『慰めの報酬』はいかにというわけだが、観終わって、安心した。

「ハードボイルド」という言葉の意味がここにある、と言わんばかりの硬派な展開。

怒りと悲しみに震える心を押し殺し、復讐の不毛さを知りつつも、それにすがるしかないボンドの生き様が、水一滴すら枯れ果てたボリビアの砂漠に重なる。

「正義と悪の境界はもはやない」という作中に何度も出てくるメッセージが『ダークナイト』とリンクしているのは果たして偶然だろうか。

どちらも今という時代に生きる「男」を鋭い視線で描き出している、いい作品です。